読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

とある元SEの思考を探る

ひょんなことからとあるICT企業ではたらくことになったなんちゃって元SEがしたためるブログ。主に、政治・経済・社会問題・日常の出来事について発信していきます。お読みいただけたら、感動にむせび泣くほど嬉しいです。よろしくお願いします。

スポンサードリンク

マネジメントに必要なのは思いやり

最近部長を目指していると思われるリーダーの言動がきついので、マネジメントとはなんなのかということを考えることになってしまいました。

 

端的に言うと、結論は「思いやり」。

 

思いやり。

 

大事なので2回言いました。

 

人のことを思いやれないマネジメントなんていうのは存在しません。断言します。

 

最近会社であった例。

 

とある施策が進んでいて、実装も終わって、動作確認しようというときに、経営陣の判断でその施策が頓挫してしまったということがありました。

そして、その施策には、エンジニアやディレクターのみならず、営業やサポートも含め少なくない人数の人が関わっていました。

つまり、営業やサポート、エンジニアも含めその施策はやるべきだと判断したわけです。しかし、ある理由からその施策はやらないことに。実装も終わっていたのにふりだしに戻りました。

まずそのことが経営陣からはディレクター経由で私のところに伝わってきました。実装が始まる前にという理由で最初に私のところに連絡が来たのでしょう。(ちなみに私は一応エンジニアです)

しかし、施策を起案した営業メンバーには知らされていませんでした。しかも、リリース前にはサイト上に表記する文言などの修正が必要だったので、営業メンバーにもタスクが発生している状況でした。

私は慌てて営業メンバーにも施策が頓挫した旨を伝えましたが、本来ならば速やかに施策をやらないと判断した人が関係者に伝えるべきでしょう。そして、自分のマネジメント不足で多くの人が関わったあとでの判断になったことを詫びるべきでしょう。

しかし、その経営陣はそれをしませんでした。

 

マネジメントに必要なのは思いやりです。

従業員のことを考えたら、その施策に関わっている人をすべて把握し、自ら率先して施策のストップおよびストップする理由を述べ、お詫びをするというのが筋でしょう。

コミュニケーション不足といえばそれまでかもしれませんが、結局コミニュケーション不足になるのは思いやりが足りないからです。

 

マネジメントのすべては思いやりから来ます。

私の会社では、目標管理制度といううまく機能していない人事制度があり、半期に一度上司と面談します。ついこの前あった話です。

今回から面談は前半と後半に分けてやることになったそうでした。私はそのことを知らず、前半の面談の8割を過ぎたところでそのことを知らされました。

それは先に行って欲しいことです。何をやるかによって準備の内容が違ってきます。しかも面談する側と面談される側で持っている情報が違うという情報の非対称性も存在してしまいます。

それでは対等な面談とはなりません。

そこで私は、「あー、スケジュールに前半って入っていれば〜」と言ったのです。

私はここで、「この一言で(明確には伝えていないけれども)これからやる人にはきちんと説明をして欲しいな」と思いました。しかし、それは実行に移されませんでした。のち、私の何人かあとで言われてようやく連絡があったのですが、時すでに遅しという印象です。

結局これも思いやりにつきると思います。経営陣や上司であれば、一般社員の持っていない情報も持っていることと思われます。私は基本的に持っている情報は包み隠さず伝えるべきだというスタンスです。そうすることで、経営陣と一般社員の情報格差を減らすことができ、経営の方向性も共有でき会社一丸となった経営ができると思うからです。

ただ、もちろん、言えないこともあると思うのでそこは伝えなくても良いです。ただし、基本的には伝えるということを考えれば、これまで自分が知っていることの中で何を伝えていないかということは常にチェックすることになるので、伝え忘れるということはないはずです。

一般社員が何を知りたいと思っているのか、それを思いやる気持ちがあれば、そうした情報格差というのは極力減らすことができるでしょう。

 

たまたまこのブログを書いている時にはてなブログのトップにこちらのブログが出ていたので読んでみました。

toianna.hatenablog.com

結局は、メンバーが何を求めているか、どうすればメンバーが成長するかを考えれば(思いやることができれば)良いわけです。

 

そして、私のマネジメントに関する思いの原点は吉田松陰です。

吉田松陰といえば、松下村塾を主宰し、3年足らずという短い期間で高杉晋作久坂玄瑞伊藤博文山県有朋などの偉人たちを輩出した人物ですが、吉田松陰松下村塾スタイルは、教えるのではなく「一緒に学ぼう」というスタイルです。上から押し付けるようなことはしませんでした。

マネジメントに必要なのはこうしたことなのではないでしょうか。

上から押し付けるマネジメントなのではなく、一緒に作り上げていくスタイル。

私がなぜこう思うのかというと、マネジメントする側とはいえ人の子です。間違えることだってあります。むしろ間違えることの方が多いとさえ思います。

なぜ一部のマネジメント層は、強権的になるのでしょうか。そこまで自分に自信を持っているということなのでしょうか?いままで一度も間違えたことのないパーフェクトヒューマンなのでしょうか?

そんなことはないはずです。間違えることだってあります。人間だもの。

そうした前提を考えれば、ああしろ、こうしろという上から押し付けることもなく、情報を一部の人間だけで握って開示しないということもなくなるでしょう。

だって、自分は間違えるのだから、多くの人に情報を開示して間違いを指摘してもらったほうが良いわけです。

だから「ともに作り上げる」ことが大事。

誰しも、上から押し付けられたことに対して進んでやりたいと思うことはないでしょう。情報を開示することで、メンバーが自分の意思で仕事をしてくれるのであれば、これほど良いことはないでしょう。(もちろん情報開示だけじゃないですが)

メンバーに気持ち良く仕事をしてもらう。これも思いやりです。

 

どんな立場になっても謙虚さと、そして思いやりを忘れてはいけないと思います。

(しかし、上に立つと忘れちゃうのかな・・・哀しや)