とある元SEの思考を探る

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東大の大学ランキング低下から思うこと

www.todaishimbun.org

今年のアジア大学ランキングで初めて首位から陥落した東大こと東京大学

私が6年間学んだこの大学はいったいどうしてここまで落ちぶれてしまったのでしょうか。

そもそも、私が入学できて卒業できているというただ一点をとってみても、東大のレベルの低さは分かるのですが、もう少し詳しく見てみたいと思います。

 

まず、真っ先に指摘されるのが国際化。アジア大学ランキング2016では東大の国際化の点数は30.3点。日本で国際化の項目がトップなのが筑波大学で34.4点だということを考えると、日本の大学の国際化のレベルが極めて低いことを表しています。

英教育誌タイムズ・ハイヤー・エデュケーションによると、東大は「国際化へ消極的」だとしていますが(参考)、これは何を意味するのでしょうか。

私は、理系だったのですが、授業は大学院もほとんど日本語で行われます。一部英語の授業もありますが、多くはありません。外国人が学びたい専門分野が日本語でしか開講されていなければ日本語で授業を受けるしかないわけです。

しかし、教授は英語を使えますし、基本的に講義は質問をしにいく場で、大学では、多くの場合、教科書を読んで理解することで勉強をします。それでわからなければ教授に聞くことができるのが講義という場です。

日本の大学は圧倒的に日本の学生が多いので、多くの学生が理解しやすいように日本語で講義をするのは仕方がないでしょう。逆に英語で授業をしてまったく理解できない学生ばかりとなってしまう方が問題です。研究者にとって大事なのは英語ができることではなく、研究で成果をあげることです。そして、理系ならば、論文は必ず英語で書くので必然的に英語は使えるようになります。

英語ができない私ですら、国際学会で発表(ポスターですが)したときにはAbstractやProceedingを英語で書いたので、自分の研究内容については、英語で語れました。(今はもう忘れましたが)

なので、理系は、授業が日本語であっても研究発表は英語ですし、留学生が来ても、英語の専門書もあり、わからないことがあれば教授に聞けて、研究室では英語でディスカッションもするので、私はその点では、ある意味仕方がないかなと思います。

日本人が英語ができないのは、なにも日本人が悪いわけではなく、日本語と英語の言語間の距離が遠いからだと思います。私の同僚のベルギー人が「私たちが日本語を学ぶのが難しいように、日本人は英語を学ぶのは難しい」と言っていました。確かに英語やフランス語、ドイツ語などは、ラテン語やゲルマン語など同じ言語を起源としているのに対し、日本語は全然違うので、仕方がない面はあると思います。

 

私が高校の頃は、文系は英語が得意、理系は苦手というのが一般的な傾向でした。しかし、大学に入ってみると、理系は苦手な英語で一生懸命論文を書くのに対し、文系は全く英語で書こうとしません。

例えば、最近小沢氏に対する発言で話題となり、一時期は社会学者として紹介されたこともある古市氏。彼は博士課程の学生だそうですが、CiNiiを見る限り、英語の論文はまったく発表していないように見えます。理系であれば、博士課程を卒業するには、大抵3本以上の論文を書かなければいけません。もちろん英語です。

社会学は日本社会固有の現象が研究対象ならば、日本語で発表するのはやむをえないかもしれません。何しろ日本社会固有の問題ならば外国人よりも日本人の方が興味があるでしょう。であれば日本語で書くのも致し方がない。

 

しかし、日本以外の事象を研究対象としている人ですら英語の論文を書きません。

例えば、東大話法で有名な安冨歩教授も英語の論文は数本。ほとんどが日本語です。

民主党参議院議員鈴木寛教授も英語の論文はほとんどありません

私はこれは文系の教授の大いなる怠慢だと思っています。そして、こうした英語で論文を書かないような人を教授職として採用する大学も大学です。本当に国際化をしようと思うのならば、研究論文の例えば5割以上は英語で発表することを義務付けるべきです。これは、大学の怠慢です。だから国際化が遅れるわけです。

 

そして、Ph.Dを持った教員数が少ないのも問題です。実は東大は東京にあるからか、官僚の天下り先でもあります。そういえば、鈴木寛氏も元官僚でした。もちろんPh. Dは持っていません。

Ph.Dを持った人を教授にするというのは最低限やるべきことだと思います。東大が教授を甘やかしてしまっているからこその大学ランキングの結果だと言えます。自業自得ですね。

 

最後に研究や教育への投資。これは、国として研究や大学教育に力を入れる意思はないということなので、正直呆れ返ってしまいますが、それがこの国の現状です。

なにしろ、年寄りにはぽいっと3万円給付できる一方で、子供や若者への投資となると急に「財源は!?」などと言い出すのですから、ほどほど呆れ返って物が言えません。今日の日経新聞にも社会保障の財源についでくどくど書かれていました。

いい加減にしろと言いたいです。

物価が十分に上がっていない状況は、財源は確実に存在します。詳細は省きますが、正しくマクロ経済学を学んだ人ならばわかるはずです。

そもそも、次世代への投資に予算を使わなくて国力が低下してしまえば、税収は減ってしまいます。一方で、若者がどんどん研究開発をし、世の中に新しい価値を生み出していく。これこそがまさに日本の国力を上昇させ、ひいては税収増につながっていきます。今、「お金がないお金がない。だから若者への社会保障は縮小!」なんてやっていては、日本は破滅への道を進むばかりです。

財源はある意味未来にあると言えるでしょう。

高速道路や国道は何十年も使い続けます。だから建設国債が60年償還となっています。これと同じように、若者への投資は数年で回収できるものではありません。20年、30年後の未来を考えた投資をしていただきたいものです。