とある元SEの思考を探る

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日本の学校教育に圧倒的に欠けているもの~その3~

前回、前々回と、「日本の学校教育に圧倒的に欠けているもの」と題して~その1~および~その2~を書いた。

日本の学校教育に圧倒的に欠けているもの~その1~ - とある元SEの思考を探る

日本の学校教育に圧倒的に欠けているもの~その2~ - とある元SEの思考を探る

これで終わろうかと思ったのだけど、もう一つ述べたいと思うことがあった。

それは~その2~の「メンタル」という観点と関わってくることだが、「絶望」というほどのことではないので欠けているものの中でも小さいことだとおもう。

 

学校教育には正解がある

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photo credit: Exam via photopin (license)

 

世間でも言われることだが、人生に正解はない。

良い大学に入るも良し。あまり知られていない地方の大学に入るのも良し。

大企業に入るも良し。中小企業に入るのも良し。ベンチャーに入るのも良い。

 

しかし、学校教育では正解が必ず存在する。

例えばテスト。点数をつける以上、答は存在する。そのテストに基づいて成績が付けられる。そこでは、通知表の点数が高い=良い成績という画一的でかつ普遍的な評価で、親も教員も、そして子どもも認識する。

これは小学校、中学校、高校、大学いずれも変わらない。入学試験においても、一部では一芸入試を行う大学もあるがほとんどはペーパーテストで合否が決まる。日本で一番偏差値が高い大学として知られる東京大学に至っては、ペーパーテスト一択。理三(ほぼ医学部に進学)では2007年度まで面接も行っていたが、今では面接はしない。

いずれにせよ、大学を卒業するまでの過程でほとんどと言って良いほど正解が存在したのである。

 

学校生活のその他の部分では正解がない授業もあるのではないかという意見もあるかもしれない。

例えば総合的な学習。私が小学校の頃に導入されたこの授業は、今では授業数が減らされているそうだが、一般的な科目にとらわれないことを行う。現在の社会情勢から問題意識を持ち、その背景を調べて発表したり、過去国難をどのように乗り越えてきたかを知るために歴史上の偉人について調べたり、身の回りの不思議な科学現象について突き詰めて考えてみたり。。

確かに、そういった場面では、テストのように明確な答えはないかもしれない。ただ、そこにも正解は存在する。

それは、教師という存在だ。

何か分からないことがあれば先生に聞けばいい。そうしたら先生は、明確に答えを言わずとも、正しい方向に導いてくれる。これはある意味正解があるということだ。

 

それは大学院に行っても変わらない。

私は研究で困ったとき、同期に効いたり、先生に聞いたりした。先生はいろいろアドバイスをくれる。そのアドバイスを元に論文を読み込んだり、条件を変えて実験してみたりして研究を進める。

これも正解があるということだ。

 

正しい方向に導いてくれる人がいるわけではない

これまで「正解がある」と言ってきたことは言い換えれば「正しい方向に導いてくれる人がいる」ということだ。

これは幸せなことだ。

こういう人を「メンター」と呼ぶのかもしれない。

社会に出れば、正解を教えてくれる人はいない。すべて自分で考え、自分で判断をしなければいけない。

もちろん、周りには色々教えてくれる人もいるだろう。だけれども、世の中とは弱肉強食の世界。本当に自分を正しい方向に導いてくれる人なのかは分からない。自分を陥れようとしているのかもしれない。最終的にその人の意見を受け入れるのも、受け入れないのも自己責任だ。

例えば転職。多くの人は転職する際、ハローワークに行ったり、転職エージェントの人と会話したりする。ハローワークに行けば、職員の人が就職をあっせんしてくれるが、結局彼らも仕事なので、ことを穏便に運べるようにあっせんする。転職エージェントも担当した人が転職すれば、転職先での年収の30%~35%を貰えるので、転職をすすめる。転職してもすぐにやめてしまえばその報酬は貰えないことが多いので、転職先はある程度慎重に選ぶと思うが、基本的には転職志望者には転職は肯定的に話すであろう。

社会に出たら、結局はビジネスなのだ。

これらは、日野瑛太郎氏がブログで指摘する、「社会人になってから、友達の作り方がわからなくなった」ということ何かもしれない。純粋な友達というよりは、お金儲けの相手。そう見られているのではないかと思うと、友達にはなりにくい。

 

精神的な拠り所を得るためのコミュニティ

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Photo Credit: SLAC - Sociedade Latino Americana de Coaching via Compfight cc

 

なぜこんなことを思うのかと言えば、ここ最近、いろんなことに勧誘されることが多くなったからだ。

例えば、新興宗教。たまたまバイト先の人がこの宗教に入っていて、ちょっとコーヒーでも飲みに行かない?と誘われたら、その人と知らない人がもう一人いて、宗教の勧誘をされた。

もちろん断ったが、この不安定な世の中、すがるものがあるというのは精神的に安定するし、コミュニティがあればその中で生きていくことができる。繋がりを持つことで生活することができる。

これは、あらゆるところで見られる。

たとえば、政党もそうであろう。特に、公明党共産党というのは、かなりの確固たる基盤がある。それは選挙の得票を見れば良い。

2013年の参院選挙。神奈川選挙区では、公明党から佐々木さやか氏が当選した。神奈川選挙区の有権者はおよそ736万人。そのうち63万票を獲得しているので、8.5%の人が佐々木氏を支持していることになる。その大部分が公明党の支持母体である創価学会関係者であろう。

共産党の畑野君枝氏も惜しくも次点で落選したが、全有権者のうち6.0%の票(44.5万票)を得ている。

これだけの人数のコミュニティがあれば、ある程度そのコミュニティの中で経済活動ができる。一種の互助会ともいえる。そのようなコミュニティの中でそれなりに偏差値の高い大学を出ていれば、選挙にも立候補できるし、紙媒体のメディア(新聞)も存在するので、そのような機関で働くこともできる。

店舗を経営している人は、店に分かりやすくマークを掲げておけば、そのコミュニティの人はそのお店で商品を購入するであろう。

こうしたコミュニティに属することで、経済的にも生きていくことができるし、精神的なよりどころにもなる。

 

宗教団体や政治団体だけではない。これもまた最近私が勧誘されそうになったが、ネットワークビジネスもそうだ。

ネットワークビジネスのつながりは、みんなが同じ方向に向かっているため、波長が合いやすい。しかも大抵の場合「師匠」と呼ばれる人がいて、その人からいろいろなことを学ぶ。多くはメンタル面の強化だ。ネットワークビジネスは多くの人を勧誘しなければならない。そしてその分断られることも多いであろう。すぐに結果がでるものでもない。勧誘した人がすぐに挫折しないためにも、「師匠」は弟子に対して、メンタル的なサポートをする。

ネットワークビジネスに携わっている人のほとんどがやたら明るい。ポジティブ(にみえる)人がやたら多い。それは、「師匠」やセミナーなどでポジティブに生きることを学んで実践しているからだと思う。これもある種の宗教ともいえるが、本人たちが楽しく生きているのだから、このコミュニティの偉大さは馬鹿にならない。

 

学校教育で得られた「正解」が、こうしたコミュニティに属せば社会人になってからでも得ることができる。

 

正解のない社会を生きる

先ほどの宗教団体や政治団体、ネットワークビジネスのコミュニティというのはある種特異な存在であると言えよう。中には新興宗教の様な怪しい団体に属したくないという人や、ネットワークビジネスの中には一部違法行為をする団体もあるし、やはり避けたいという人も多いだろう。

そういう人たちは、正解のない社会を生き抜くために、正解が分からないままでも突っ走っていく力を身に着けていかなければいけない。

それは学校教育では学べない。自分で鍛えるしかない。

 

正解のないことは不安だ。だけど、一歩一歩自分の選択を信じて歩んでいくしかない。

 

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