前回の記事では、水素社会は絶対来ないが、水素は大事だと言いました。
なぜかというと、水素と二酸化炭素からメタンという、現在でも広く使われている燃料に変えることができるからです。メタンは天然ガスの主成分であり、LNGタンカーやパイプライン、都市ガスなどの既設のインフラが使えるという観点から、水素よりもはるかにエネルギーキャリアとして優れています。従って、持続可能な形で水素を製造することができれば、空気中や工場等で排出した二酸化炭素と反応させることでメタンが製造でき、環境にも優しいというわけです。
しかし、現在の水素製造法は、天然ガスや石油といった化石資源から製造しており、持続可能であるという観点や地球環境にやさしくないといった点から、好ましくない方法であるということもお伝えさせていただきました。
今回の記事では、化石資源を使わず、持続可能な形で水素を製造する方法について紹介したいと思います。
化石資源を使わず、(主に)太陽光のみをエネルギー源として用いて水素を製造する方法は大きく分けて2つに大別されます。一つは、半導体電極を用いる方法。もう一つは、半導体粉末として用いる方法です。
まず、日本が昔から研究してきたのが光電極や光触媒による水素生成です。この方法は、半導体光電極を用いて、水溶液を分解し、水素を発生させるというものです。
この現象は、1968年、当時大学院生だった藤嶋昭氏(現東京理科大学学長)によって発見され、指導教官だった本多氏の名前とともに、本多-藤嶋効果と呼ばれています。当初は、酸化チタンと白金電極が用いられ、酸化チタンに光を当てると酸化チタン側から酸素が、白金側からは水素が発生するというものでした。
電極ではなく、粉末における研究もされており、現在は、酸化チタン以外にも、TaONやGaNとZnOの固溶体など様々な物質が発見されています。一つの種類の半導体だけではなく、酸素発生側の半導体、水素発生側の半導体といった役割分担をすることによって効率を上げた研究もあります。
日本では、藤嶋先生を始め、工藤先生(東京理科大)、佐山先生(産総研)、前田先生(東工大)、堂免先生(東京大)らが研究をしています。
しかし、この方法では水素の発生効率(太陽光エネルギーが水素エネルギーに変わるときの変換効率)は極めて低いです。せいぜい1%です。これでは、実用的に使われるまでには至りません。
そこで、今注目されているのが、太陽光や風力といった自然エネルギーで発電した電気で水を分解し、水素を発生させるというものです。
中学の理科で習うように、水を電気分解すると、水素と酸素が発生します。
2H2O = 2H2 + O2
これを利用するわけです。
せっかく太陽光や風力で電気を作ったのだから水素なんかに変換せずにそのまま使っちゃえばいいじゃんと思うかもしれません。消費地が近くにある場合は、それでも良いでしょう。しかし、例えば、太陽光エネルギーが強い地域と言えば赤道付近。日本やアメリカ、ヨーロッパからは離れています。ここで作った電力をそのまま日本に運ぶことはできません。そこで持ち運ぶことができる形に変換しないといけないわけです。
そこで太陽光や風力で電気を作り、水を分解して水素を作り、水素と二酸化炭素からメタンを作って輸送しようということになるわけです。
実は、この方法を使うと、太陽光から水素への変換効率(STH:Solar to Hydrogen)は15%ぐらいになります。
産業界からは、20%ぐらいになれば普及しうるという意見もあります。現在の太陽光の最高発電効率は、フランフォーファーの46%(参考)で、太陽電池から水素への変換効率が50%であっても20%を超える値となるので、今後太陽電池の変換効率が向上すれば、20%というのは十分に可能性のある数字であると言えます。
追記:24.4%と言う記録が出ていました。
理研の研究では、純水を電気分解していますが、海水(塩水)を電気分解して水素を得る技術も研究されています。
中学校の知識で言えば、海水は塩化ナトリウム(NaCl)なので、
カソード:2H2O + 2e-= H2 + 2OH-
アノード:2Cl- = Cl2 + 2e-
となるのが一般的です。しかし、塩素は毒物で、工業的には使われていますが、大量に水素を製造するとなると、発生してほしくない物質です。これを極力発生させないようにする必要があります。
実は、この研究をしているのも、前回の記事でも紹介した橋本功二先生です。Mn系の酸化物を用いれば、塩素の発生を抑え(酸素を発生させ)、海水を分解できるといいます。詳しくは、このサイトをみてください。
橋本先生は、ずいぶん前からこうしたエネルギーの利用方法を考えていたようです。もう退官して名誉教授となっている方ですが、本当に先生の慧眼は素晴らしいです。
ただ、効率はまだまだ実用化には至っておらず、日立造船の実証では、今の所、海水ではなく、アルカリ性の水溶液を用いているそうです。
水の分解という段になってくると、太陽電池の高効率化の次に問題となってくるのは、水素発生ではなく、酸素発生になってきます。水を分解すると水素が発生する電極と酸素が発生する電極がありますが、水素の発生は2電子反応。これは比較的ハードルの低い反応で、水素発生のプロセスもある程度しぼられており、電極に使う触媒もある程度実用化されてきています。
一方、酸素発生側は4電子反応であり複雑です。酸素発生のプロセスもたくさん候補が挙げられていますがまだ解明されていません。触媒も現在のところルテニウム系やイリジウム系がメインでまだまだ高価です。
近年、植物の光合成ではカルシウムマンガン系の酸化物(マンガンクラスター、CaMn4O5)が効率よく水を分解していることが分かり、マンガン系の酸化物が注目されています。橋本先生の研究でもマンガンでした。しかし、まだまだ研究段階であり、実用に耐えうる物質の発見が望まれます。
私は、今後は、太陽電池の高効率化とともに、水をいかにして効率よく分解するか、とりわけ酸素発生側をいかに改善するかという点にフォーカスされていくように思います。
持続可能なエネルギー社会に向けて、自然エネルギーを水素に変換し、メタンとして蓄える。この技術には、超えるべき壁はたくさんありますが、日立造船の実証やヨーロッパの例を見ても分かるように、実用化の一歩手前まで来ています。
私は、一刻も早くこれらの技術が汎用的になり、持続可能なエネルギー社会が実現することを願い、この記事を終わらせていただきます。
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