とある元SEの思考を探る

ひょんなことからとあるICT企業ではたらくことになったなんちゃって元SEがしたためるブログ。主に、政治・経済・社会問題・日常の出来事について発信していきます。お読みいただけたら、感動にむせび泣くほど嬉しいです。よろしくお願いします。


男女不平等社会~男女平等を通り越して女尊男卑社会へ~

今回は、男性差別女性差別を考えたいと思います。

 

以前、普段から親しくさせていただいている女性の区議会議員の方と会話をしていたときに、「私は、女性であることに生きにくさを感じたから政治家になった」とおっしゃっていました。

その方は50代の方なので、彼女が社会に出たころなどは、やはり女性であることでなんらかの不利益を感じていたのかもしれません。

正直なところ、20代の私は当時のことはよく分かりません。西暦で言うと、1980年頃でしょうか。第二次オイルショックも一段落した時期だったと思います。。1985年にプラザ合意があり、為替が円高にふれ、それを吸収するために日銀は積極的な金融緩和を実施。その結果、株価や地価が異常に高騰するバブル景気へとつながっていくわけですが、同じく1985年には男女雇用機会均等法も施行されています。この当時の時代背景はもはや文献でしか得られず、私にとっては実感を伴わないものです。

 

実感を伴うのはやはり今。私が生きている時代です。私は男性だからか、決して社会で女性が不利益を被っていると思うことはありません。むしろ、女性の方が生きやすい面もあると思うし、私は、男性であることに生きにくさを感じています。

これは先ほどの女性政治家とは逆なのかもしれませんが、反面、男性であれ、女性であれ、生きにくさを感じる人は必ずいるということです。それは、性別は関係なく、個々人の考え方の問題であると思います。

 

男性であることに生きにくさを感じていることをいくつか挙げてみようと思います。

 

・ファッションに制限がある

女性であれば、スカート、キュロット、ズボン等、様々なボトムスがあります。(あまりファッションに詳しくないので表現が間違ってるかも)男性は、ズボン一択です。どんなにかわいいスカートやキュロットを履きたいと思っても、それを外ではくこと、ましてスカートで会社に行くことは許されません。男は黙ってズボンなのです。

・メンズデーはないけどレディースデーはある

映画館とか飲食店なんかでは、レディースデーが設置されているところがあります。メンズデーがある店もありますが、レディースデーのみのところも依然としてあります。中には、レディースデーに対して外国人男性から指摘され、レディースデーをやめなければならなかった店もあるそうですが、依然としてレディースデーが存在する店は多い。経済学的な見地から、レディースデーを設けた方が、儲かるのだ主張する女性もいますが、それならば、就活で女性を採用しない企業がいても文句は言えまい。うちの会社は男性を多く採用した方が利益が上がるのであれば、男性を多く採用するのも良しとすべきですが、多くの女性は、こうした就職での女性不利益には声を荒げます。自分たちが利益を享受しているとき(一方で男性に不利益)には当然のごとく享受し、自分たちが不利益を被ったと感じたときには、男女不平等だ、男尊女卑だと主張します。

逆に男性がこうした女性優遇に異議を唱えるならば、男のくせに小さいなと言われ、男性は男女平等を主張することすらしにくい世の中です。

・男だって泣きたい、甘えたい、優しくされたい

男女の恋愛ではとかく、男性がリードするという固定観念が(とりわけ女性に)強くあります。ちょっとでも自分が楽しくないと、不機嫌になったり、あるいは、こんな素敵な女性とデートしてあげてるんだからおごって当然と思う女性もいます。

ですが、男だってやっぱり甘えたいし、デートもリードしてほしい、悲しい時は泣きたいんです。今でこそそういう男性も許容されるようになってきましたが、それでもやはり、男性にはリードしてほしい、彼氏は頼りがいのある人じゃないと嫌、女々しい男性なんて嫌いという女性は多いです。

・結婚相手への女性の過度な要求

女性から見れば、結婚相手となる男性は、自分より多くの給与を貰っていて欲しいと言います。無職なんてもってのほかだと言います。一方で、男性は女性に対していわゆる家事手伝い(無職)も許容する人が多いです。先日、鳥取市で市主催で開催される予定だった男性は公務員限定の婚活パーティには、なんと定員20名に対して、女性は79名の応募があったといいます。それまで職業を限定していなかった時には定員割れだったのにもかかわらず!結局このパーティーは職業差別という批判もあり、中止になったそうですが、女性がいかに男性の給料を当てにして生きていこうとしているかということが分かります。こういう報道を見ると、女性は結局お金なのかと思ってしまいます。一般化してはいけないのでしょうけれども、あまりにこれはひどい

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加えて、今の女性は、男性が会社員として働いているのは当たり前、社長だってごろごろいるのだから、会社員でありながらも野心を持っている人が良い、会社で一平卒として働いているなんてかっこ悪いと思う人すらいます。女性に対して優しくできるのは当たり前、デートもリードしてくれるのが当たり前、男が「夕飯何が良い?」って聞いて、「何でもいいよー」って答えたとしても「何でも良いって言ったけど、私が食べたいの分かってるよね。」という内心。男性からしたら「そんなの分かるか―!」と叫びたくなります。ちょっとでも気に食わないと、「~くんとは今回限り。もうないわ。私にはたくさん男性がよってくるんだもの」となります。私の知人の女性は、毎月のように告白されるそうです。

ただ、一言女性に申し上げておきたいのは、男性から見たら、あなただけが良いというわけではないということです。その女性が100%文句なしに好きだから告白するというわけではなく、まあなんとなく嫌いじゃないし、告っとくかみたいな感じなのです。若いころはたくさん男性に言い寄られてたのに、アラフォーになって誰も寄り付かなくなったという女性は、単に若いからという理由で寄ってきたにすぎません。年をとってから後悔しても後の祭りなので、常に謙虚に、男性には優しく接することを忘れてはだめです。

30代を過ぎて、ずっと理系で女性経験も少なく、そんなにもてない人を好きになったとしても、その男性はこれまでずっと女性に対して苦い経験をしてきたので、もはやあなたには興味をもちません。それまでそういう男性は、女性からさんざん邪険に、そして虫けらのように扱われたので、女性なんてもうどうでも良くなっているのです。というよりも、女性に関心があったら、平穏な生活が送れないから考えないようにしてしまうのです。そういう男性は、仕事もそれなりにできるし、理系というだけあって、仕事となる技術も持っていたりします。そうした男性でも昔はお見合いで結婚できたのでしょうが、今はお見合い文化はなくなってしまいました。女性は結婚できる男性をどんどん捨てていっているのです。

・選択肢の広い女性の人生

いくら育メンが話題になり、男性の育児への参加が増えたと言っても、男性は子供を産むことはできません。私だってできるならば子供を産みたいです。育てたいです。子供かわいいです。全身で愛情を注ぎたいです。

だけれども男性は子供を産むことができません。やはり、女性が出産の時期になると家計は、その夫が支えるしかないと思います。結果的に、やはり男は仕事をして生きていくしかないのです。

ジャニーズなどのアイドルや有名小説家、大臣など、一部の男性は、社会的に注目され、成功し、活躍できるでしょうが、多くの男性はサラリーマンとして、社会の歯車として働き続けます。どんなに苦しくても家族があれば働くことから逃げることはできません。まだ社会人1年目の私でも、会社で働いていると感情を抑制しようと思うようになります。いちいち周りの目を気にしていたらやってけません。これはもはや道具です。

一方で女性は会社員としてバリバリ働くこともできれば、結婚して子供を産んで専業主婦をすることもできます。子育てがひと段落ついたら、また仕事を始めることもできるし、夫の収入があるので、ちょっと片手間にやっていたことをネットで売り出したら注目されて一躍時の人なんてことも可能です。その結果、私だってこんなに稼げるのにあなたはだらしないと夫に対して思ったりもします。その陰には、夫が社会の歯車として安定的に稼いだ収入があるからこそできたということも忘れて。

 

冒頭、女性政治家が「女性であることに生きづらさを感じて政治家になった」ことを述べました。現代社会には男性だって生きづらさを感じています。だからこそ男性の自殺者は女性の倍いるわけです。それだけ男性が不満を言いにくい、悩みを言いにくい社会なのだと思います。男性が弱音を吐くと、それだけで「男性のくせに」という総攻撃が始まります。

後漢書には「糟糠の妻」という言葉があります。「貧しいときから一緒に苦労を重ねてきた妻」という意味です。現代は、糟糠の妻が減ってきてしまったのではないでしょうか。

要求の多い女性に、男性は疲れてしまっています。不景気が続いたせいもあり、どうせ自分の収入なんかと思う男性も多いでしょう。そんなにメンタルの強い男性ばかりではありません。

男性として思うに、確かに裕福な生活はできないかもしれない。だけど、それなりに生きていく程度の収入は得られる自信はある。ただ、女性はそれ以上の生活を望むからやっぱり厳しいと思ってしまいます。