とある元SEの思考を探る

ひょんなことからとあるICT企業ではたらくことになったなんちゃって元SEがしたためるブログ。主に、政治・経済・社会問題・日常の出来事について発信していきます。お読みいただけたら、感動にむせび泣くほど嬉しいです。よろしくお願いします。


業務委託の人に潰されてしまった

最近、一緒に働いている業務委託の人からきつい攻撃をされ、完全にまいってしまった。

彼がよく言うのは「この方法についてメリット・デメリットあると思うから考えて資料にして」とか、「僕がちょっと考えただけでこれだけ思いつくのだから(正社員であるあなたは業務に詳しいはずだろうから)他にもないか洗い出してみて」という一見して反論を言えないような言葉である。考えた上で口頭で伝えようとすると「資料にしろ」である。
そもそも、今回のスコープに関しては社員でも未経験の分野への挑戦である。スタートは社員であろうが、業務委託であろうがほぼ同じである。クライアントに最初に出向いたのも同じタイミングだ。その業務委託は要件定義から行うという条件のもと参加してもらっているとのことなので、そうした要件定義を丸投げするのは業務不履行に近い。彼が設計・実装以外でやったのは決まったことをメンバーにどのタイミングで誰にアサインするかと言う、いわゆるプロジェクト管理だけだ。

SIerであれば、お金と人的リソースにものを言わせて大量の資料を作ることもあると思うが、弊社では、資料は極力最小限にしたいという思いがある。社長も、資料を作るぐらいなら会話した方が良いと言っている。もちろん、資料にする上で頭の整理をつくこともあるが、会話をしていく中で整理されることもある。むしろ、一人で考えるより会話をして考えた方が解決への道は早いことの方が多い。会話の中で方向性が決まればそれについて設計資料としてまとめれば良いと思う。

そして、その業務委託者は私が資料を作るたびごとに命令に近いダメ出しをし、時には「バカかっ!」と罵倒してきた。業務委託の人が資料を作るわけじゃないから、ダメ出しを受けるのは一方的に私だけだ。仮に業務委託の人が資料を作ったとしても、私は罵倒することはしないし、はじめは認識の齟齬がないかの確認から入る。

そもそも社内で共有した資料のアウトプットの質は大抵は合意して作り始めるということはあまりないであろう。作った方としては60%ぐらいで大筋問題がないかみてもらって、問題がなさそうなら先へ進もうとしていても、その業務委託は常に100%を求めてきた。経験上、最初から100%を求めると何も前に進まない。多少アウトプットの質が低くても、社内であれば共有して指摘してもらったほうが、特に煮詰まった時には良い方法であると考えている。その段階の資料に関して強烈にダメ出しをし、口汚く罵るのはおよそ成熟した大人とは思えなかった。しかもそれが腹落ちできることであればいいのだけど、その業務委託は、基本的に自分の思うように進めたいようで、「つべこべ言わず、やれと言われたことはやれ」というスタンスだった。腹落ちできない状態でやる仕事でいいアウトプットが出るはずがない。

また、スプリントプランニングをやろうと言ったら「自分はみんなのタスクを把握してるからやる必要はない」と言い、朝会(デイリースクラム)をやりませんかと言ったら、「面倒くさい」と言われた。この辺り、チームで仕事をする上では必須のイベントであると私は思っている。上意下達のピラミッド型の組織でメンバーが黙々と言われたことをこなすチームであれば良いのかもしれないが、少なくとも私が目指すところではないし、スクラムの考え方にもタスクが押し付けられるということはないはずだ。基本的にはチームの合意の上でタスクの割り振りが決められる。

その業務委託は、プロジェクト管理に関してもベロシティがどうだとか、わかったような話をするのだが、私は上記のようなことを言われていたので、その人がアジャイルの話をしたり、スクラムの話をしたりすると、単に自分に都合の良いことだけ言っているとしか思えなかった。

クライアントへの提案にはその業務委託も含め、4人ほどで行っていたのだが、先方の夢も大きく、私たちが経験のない分野までの提案をさせてもらうことになった。それに向けて、いろいろ業務について調べたり、業務フローを作っていたりしたのだが、社内で誰もまともにレビューできる人はいない状態だった。結局その機能に関しては別のベンダーに発注することがきまり、私たちは失注したのだが(当初の想定通り+αぐらいのスコープに落ち着きそうだ)、それを知ったその業務委託の人が言った言葉が衝撃的だった。「あなたがきちんと提案できなかったからダメだった」と。正直、同じ打ち合わせに出て、自分も提案できる立場にあったにも関わらず、自分は業務委託だからと業界固有の業務について学ぼうとせず、私が作った資料には重箱の隅をつついたようなダメ出しをして勝ち誇ったかのような態度をとっただけのあなたに言われる筋合いはなかった。一般的な指摘は誰でもできる。大事なのは今回のこの相対する問題への対応なのである。

そうした状況が2、3ヶ月ほど続いた。私は最終的に何を言われても何も感じなくなった。そう言う状態でも彼は相手を見て対応を変えるということはせず、自分の言いたいことだけを言い続けた。私は思考停止に陥ってしまった。
会社に行った途端、何も頭が働かなくなった。過去の知識をもとにした業務はかろうじて可能であったが、頭の使う業務はからっきしできなくなってしまった。

その業務委託を採用したマネージャーや事業部長にも相談し、一度は注意してもらったのだが、また半月も立たないうちに同様の状況になったのでこれはもうダメだと思い、朝起きても体がスムーズに動かないし、頑張って朝食をとって玄関に向かおうとしても、立ってすぐ倒れこんでしまった。
なんとか携帯を取り出し(こう言う点、6畳の小さな部屋だとすぐ手に届くところに色々あるので便利だ)、slackで病院に行く旨を伝えた。

地元の病院に行き、心療内科の先生と30分ほど会話をした。こうした状況から抜け出すにはいくつかの方法があるらしいが、「原因を取り除く」「考え方を変える」「薬を使う」とあと一つ何かあった気がしたけどちょっと思い出せない。
一番即効性のあるのは「原因を取り除く」らしい。確かにそうであろう。例えば結婚していて夫がどうしても許せなくて、だけど子供もいるし離婚もできない・・・みたいな人は「考え方を変える」治療をするのだという。

私の場合、原因がその業務委託の人であるとわかっていたので、仕事をどうするかと言う話になった。最初、初診でもあるので、心療内科に行ったことを上司に話してみて、それで配置換えをしてもらうとかそういう方向で進めようとしていた。私も最初だからそうしようと思っていたのだが、会話をしていくうちに私がついさっき聞いたばかりのことを再度聞いたということもあったであろう。思考抑止があると判断され、診断書を書いてもらうことになった。
確かに全く頭は回っていない上、前述のように、同じことをくどくど言われ続けたので、防衛反応で右から来たものを左で受け流す状態になっていたのであろう。

こうして私は潰れてしまった。その人が話すには、過去にもなんども若手を潰して来たと言っていたから、もしかして今フリーランスでやっているのは、そうした経験から正社員として長く務めるのはできないのかもしれない。

それにしても、業務委託の人が社員に対してパワハラというのはどう捉えればいいのだろうか。上司が部下に対してパワハラというのはよく聞くが上下の関係はない。

去年からエンジニアの業務委託の人に良いイメージはない。(デザイナには良い印象の人もいるのだけど職種が違うからなのだろうか。)

人はこうして保守的になっていく〜食中毒の実体験から学ぶ〜

先月、年齢が大台を突破したのですが、その翌日に食べたお肉により、食中毒をおこしてしまいました。

前回の記事でも書いたのですが、6月15日にメットライフドームにいくために代休をとっていました。その前日には会社の人たちと飲み会をしていて、そこで食べたものが悪かったようです。

基本的に嫌いなものはないので出されたものは食べる精神の私は普段通り出されたものを食べていました。確かに鳥のなま肉がありました。しかし、あまり深く考えず、パクパク食べていました。

 

食中毒というのは怖いもので、すぐには発症しません。潜伏期間というものがあります。私の場合、ちょうど3日後(72時間後)ぐらいに症状が現れました。食べたものと潜伏期間を考えるとカンピロバクターではないかと推測しています。

 

日曜日の午後から、下痢の症状が現れ、夜には体の節々に痛みを感じるようになりました。激しい悪寒も感じました。

発症したタイミングがちょうど日曜日だったので、私はサザエさん症候群なのではないかと思いました。当時、仕事でかなり精神的に参っていてその前にも頭痛で仕事を休んだ日もありました。うつ病の症状がひどくなると四肢関節が痛くなるということもあったので、そうなのではないかとも考えました。

これは休職も視野に入れるレベルに来たのかと思いました。私は、昨年まで副業で知人から少し仕事をもらっていたので、個人事業主登録をしていました。しかし、月数万程度で独立して食べていけるほどではありませんし、今年は土日は勉強に当てようと思って断っていました。個人事業主だと休職時に困るという話を聞いていたので、月曜日の朝、フラフラしながら廃業届けを書いてポストに投函しました。

体は重かったものの、月曜日はクライアントとの打ち合わせがある日です。出社しないわけにはいきません。普段の1.5倍ぐらいの時間をかけて駅まで向かいなんとか出社しました。

この段階ではまだ食中毒とは思っていませんでした。むしろストレスからくるものだと考えていました。

火曜日になっても症状は変わらず、寒気がしたりかと思えば汗をかいたりといった症状が続いていました。熱もありそうな様子です。

火曜日は仕事を17:30に切り上げ、普段通っている皮膚科に電話して皮膚科以外もみてもらえるかと聞きました。私が通っている皮膚科は皮膚科以外にも小児科もやっているので内科も見れると考えたのです。この最悪の体調のもと初めての病院に行くほど精神は強くありませんでした。レントゲンはないのでレントゲンの必要としないものであればということだったので、病院に行きました。

事務の人には状況を説明し、熱があると思ったので、受付するやいなや体温計を貸してもらって待合室で体温を測ったら、38.2°Cでした。これはしんどいはずです。精神的にストレスがかかると心因性発熱といって熱も出る可能性があるとのことなのでもう自分がなぜこんなつらい状況になっているのか理由を色々考えました。

先生は普段の診察と思って私の皮膚の状態を確認したのですが、一通り終わった後、今日は皮膚ではなく、体調が悪くてそちらをみてもらいたいと改めて説明して診察をしてもらいました。

先生からはウイルス性の夏風邪と言われました。私は念のためインフルエンザの検査をしてほしいとお願いし、インフルエンザの検査もしてもらいました。体の節々がいたくなったり38度を超える発熱だったので、大昔にかかったインフルエンザの症状に似ていたのです。また、インフルエンザにかかると職場にはいけなくなるので、その確認もとっておきたかったのです。

結果は陰性でした。インフルエンザではありませんでした。

 

夏風邪レベルでここまで熱が出るのかと思いましたが、その日はロキソプロフェンなどの薬を3種類ほどもらって帰って来ました。

すでにアレルギーで補中益気湯、越婢加朮湯、黄連解毒湯、アイピーディー、ビラノアを飲んでいたので、一時的に8種類の薬を飲むという状態でした。体は心身ともにボロボロです。

 

食中毒とわかったのはその日の夜、同僚も同様に体調が悪いと言っていた人が二人いたので、その人と連絡をとっていたときのことです。二人とも同じ時間に私と同じような症状を発症していました。そこで色々思いを巡らせてみると、木曜日に食べた生肉がよくなかったのではないかという結論に達しました。

ちょうど3人とも同じテーブルに座っていたのです。違うテーブルに座っていた人や同じテーブルでも生肉に手をつけなかった人は症状が現れていませんでした。

食中毒、これしかない。

 

ようやく原因がわかりました。原因がわかったことで体調不良の原因を他者に説明できるようになり、ある種の笑い話にもなったので、安心したのですが、原因がわかったら治るというわけはなく、症状自体は1週間ぐらい続きました。

カンピロバクター にかかると、酷い場合は、ギランバレー症候群にも発展するらしく、さすがにそこまでにはなっていないのですが、私の場合も発症前に比べて体をスムーズに動かせない状態になりました。定期的にランニングをしているのですが、回復してから走ってみると、以前に比べスタミナが減った感じがします。(単純に食べる量が減ったのでその影響かもしれません)

 

今まで、出されたものは食べる精神でいたのですが、これを機会にきちんと精査して食べるものを選ばなければならないと思うようになりました。

長年生きてくとこうした怪我や病気というのは多く経験していくものです。

これはすなわち、新しいものに対しての警戒心が強くなるということです。歳をとると頑固になって新しいものを受け入れられなくなると言いますが、こうした過去の経験が積み重なって保守的になって行くのだと思いました。

しかし、このご時世、新しいものはどんどん出て来ます。新しいものを取り入れないと時代に取り残され、時には死に関わることもあります。過去の経験も踏まえつつも、過度に保守的になりすぎないようにしなければいけないと思いました。

圧倒的実力差を私たちはどう適応させるか〜西武中日戦から考える〜

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昨日(6月15日)、私は先々週の休日出勤の振替休日をもらっていた。振替休日をこの日にしたのは、メットライフドーム(ようは西武ドーム)で西武-中日の交流戦が行われるからだ。私は年に1回はプロ野球を見に行くようにしていて、夏を過ぎると勝負が決まってしまっていることが多いので、この時期に行くことが多い。

西武ドームは以前、広島ファンの人と広島戦を見に行き、いい球場だなと思っていたので、故郷の愛知がホームグラウンドである中日の試合も見に行きたいと思っていたのである。

 

さて、梅雨寒の中、私は副都心線から直通の西武球場前行きに乗り込んだ。所沢を過ぎたあたりから、試合がお目当の乗客も増えて行く。

 

中には中日ファンの人もいて、同僚とおぼしき人と、「今日見に行かないの?中日ファンだろ」「いやー、無敗の菊池と防御率8点台の笠原だろ。結果が見えてるじゃん」といった会話がなされていた。

 

そう。この日は西武は、7勝で負けなしの菊池雄星が西武の先発、中日は2016年のドラフト4位、2年目、今年は未だ勝ち星なしの笠原の投げ合いだったのである。

正直、期待はしていなかった。序盤で大量失点し、早々に勝負がつくだろうと思っていた。それでも東邦高校出身の藤嶋のロングリリーフが見れたらそれでもいいと思っていた。

その思いを笠原はいい意味で裏切ってくれる。なんと5回までノーヒットノーラン。四球は初回に出したものの、2回からは立ち直り、5回には3者連続三振という好投を見せた。

 

打撃陣は好投手菊池に対しなかなか打ち崩せないものの、4回には、平田の内野ゴロの間に1点、8回には8番キャッチャーの木下拓が誰もが驚くソロホームランを放ち、2点を獲得した。これが記事冒頭の8回表までのスコアボードである。

強い時の中日であれば、ここから中継ぎ陣が抑え、勝利するが、今の中日は、先発も中継ぎも安定して抑えれる投手はいない。

この日も、8回に岩瀬が登板し、先頭の金子にライト前ヒット、秋山は前の回アルモンテの代走で入った工藤の好守もありレフトフライに抑えたものの、続く源田にヒットを打たれ、お役御免。祖父江にマウンドを託した。一番、二番が左だったので、8回を岩瀬に任せるというのはこの日とれる最善の手であろう。ベンチには左投手の中継ぎは岩瀬しかいない。そのくらい中日の投手陣は層が薄い。そして、浅村に同点打を打たれた。その後、祖父江は山川、外崎と三振に討ち取っているので、ここでの祖父江のスイッチも中日ができる最善の策であった。

 

その後、試合は延長に入り、10回の裏、ピッチャーは昨年のドラフト1ルーキー鈴木博。今シーズンは序盤は活躍したが、交流戦に入ってからは失敗が続いている。しかし、祖父江、又吉と駒を使ってしまった今、頼れるのは鈴木か田島か。藤嶋や木下雄もいるが、この場面に任せられるほどの経験は積んでいない。鈴木を出すのも消去法的ではあるが最善の手であろう。

そして鈴木は打たれた。交流戦の鈴木の成績を見るに、想像はできた。序盤勝っていても終盤打たれるのはここ数年の中日の弱さである。

落合監督時代は、とにかく接戦に強かった。負けるときは大敗したが、勝つときは僅差だった。常に失点は得点よりも多かった。これが落合監督の戦い方だった。負けるときは何点取られてもいい。そういう考え方だった。

 

そろそろ鈴木をセットアッパーに使うのをやめて育成から這い上がってきた木下雄にしたほうがいいという声も聞かれる。試してみるのは面白いと思う。とはいえ、昨日の段階で、森監督の采配は間違っていなかったと思う。

それでも負けた。

それはつまり今の中日の実力ということである。

 

投手が抑えるには、技術力に加えて精神力が重要だと思う。今の投手陣を見るに、技術的には落合監督時代の強い中日の頃と大差はないと思う。ただし、練習量が足りない。大野雄も小笠原も体の締まりがない。もっと鍛え上げる必要がある。だからボールが高く浮く。中継ぎ陣は、負け癖がついている。ただし、ここには首脳陣もよくない。落合監督はピンチの時に監督自らピッチャーに声をかけに行き、それで抑えたという場面を何度も見てきた。実績のない朝倉コーチではどんな声をかけても形式的なものに終わってしまう。ピンチの場面で落合監督がピッチャーに柔和な表情で声をかけているのを見ると、見ている我々でもどこか安心するのである。そういうのが今の中日にはない。

 

ひと段落使って、現状の中日の改善点を述べたが、とはいえ、昨日の試合でできることは基本的にやれていた。でも負けた。それが西武と中日の実力差である。

 

これは何しも勝負の世界だけではない。圧倒的な実力差は日常にも存在している。

エンジニアの世界も同じだ。同じエンジニアでも20倍の生産性が違うという。

同じ大学生でも、私のように地方公立高校から1浪して入学した人と、灘や開成高校から現役合格した人では持っているものが違う。同期で何人もすごい人は見てきた。大学だけではない。私は普通の公立中学を卒業したが、現役で東大理一に入学した人もいれば、京大医学部に入学した人もいた。

圧倒的な実力差を私はいつも目の当たりにしてきた。何度も心は折れそうになった。

 

私が見出した道は、今のところ二つである。

一つは、人手不足の業界に身を置くということである。今、民主党政権時代とは比べ物にならないほど景気が良く、特にエンジニアはどこの会社も不足している。そういうフィールドで、平均よりも多少仕事ができれば、人並みの給与をもらうことができる。どこで人手不足になっていそうかは常にウォッチして置く必要があるが、それを把握してそのスキルを身につけていけば、それなりにやっていけそうである。ただ、そのスキルを身につけれなかったときは痛い。

そこでもう一つ、あまり人が行きたがらないフィールドで人脈を作っておくということである。例えば政治の世界は、おおよそ多くの人はかかわりたいと思わない。関わりたいと思う人はよっぽど崇高な思いがある人か、仕事が見つからなくてそこに行き着いてしまった人である。これは偏見ではあるので必ずしも当てはまらないが、全く当てはまっていないというわけでもないと思う。そういう分野で人並みに仕事ができれば、最低行きていくことができるぐらいの仕事は得られるであろう。

私の目標は生きることなので、どうしたら生きていけるかということを考えた次第である。

 

さて、明日は、松坂の12年ぶりの公式戦でのメットライフドーム西武ドーム)登板である。どうなることか。

(補足)翌日の松坂の当番は背中の捻挫により回避し、代わりに登板した藤嶋が初先発初勝利をおさめました。 

 

本日もここまでお読みくださり、ありがとうございました。